世界の歴史
「アレキサンダー」という映画があります。
日本での公開は、5〜6年前でしたか。
オリバー・ストーン監督ですね。
紀元前3世紀、20代で世界を制覇したマケドニア
(現在のギリシャ周辺)の王アレキサンダーの生涯
を描いているものです。
彼が数万の軍勢を率いて約10年間行軍を続けた足跡に、
ストーン監督がこの映画に託したテーマが浮き彫りにされています。
ギリシャに始まり、
トルコ、イラク、アフガニスタン、パキスタン、インド。
アレキサンダーが侵略していったこれらの国は、
これまでアメリカが軍事介入していった国と符合するかのようです。
さて、実物のアレキサンダーの話ですが、
父王の暗殺で、20歳でマケドニア王になったアレキサンダー。
父の遺志を継ぎ、マケドニア・ギリシャ連合軍を率いて、
ペルシャ遠征に乗り出しました。
ペルシャに遠征し、そこに広大なギリシャ植民地を建設することが、
父の遺志だったのです。
王は小アジアのギリシャ系諸都市を占領しながら南下し、
イッソスでペルシャ軍を撃破、フェニキア諸都市を制圧後、
エジプトに入り、ナイル川河口にアレクサンドリア市を建設しました。
紀元前330年には、アルベラの戦いでペルシャ軍を破って、
ペルシャ帝国を滅亡させました。
さらに、中央アジアから西北インドにまで侵攻し、
広大なアレキサンダー大王国を樹立しました。
この遠征は、「都市の行進」と言われました。
軍には膨大な無生産市民や商工業者や奴隷まで加わっており、
彼らを住まわせる都市が各地に建設されました。
アレクサンドリアと名づけられた都市の数はおよそ70にも上りました。
アレキサンダーはこの広大な王国を統治するために、
ペルシャの官僚機構を受け継ぎ、ペルシャ人を高官に採用しました。
彼はギリシャ人兵士とペルシャ女性の結婚を推奨し、
自らもペルシャ王の娘と結婚しました。
彼には、被支配民族を蔑視し抑圧するという考えはなかったようで、
両民族融合による統治を考えていたように思えます。
彼の死で王国は短命に終わりましたが、
彼のまいた種から、ギリシャ・ペルシャ文化の融合による
「ヘレニズム文化」が生み出されることになりました。
アレキサンダー



